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Selfishly

Selfishly

Family's start  act2「想定外」

Family's start

act2 「想定外」


言葉も出ないとは、本当にあの時の自分の状況だろう。
確かに『同類』は、多くはないとはいえ、
決して、居ないわけでも、逢った事がなかったわけでもない。
逆に優秀な人材が集まるNRIには、
結構な数の『同類』が居る。

ADと位置づけられた、Alchemist's descendant(錬金術師の末裔)は
それぞれが、大なり小なりの能力保持者の事だ。
血統と関わりなく、突然変異のように現れる事も多ければ、
血脈に連なる多くの末裔を輩出する家系もあるが、
大抵は、ごく普通の家系から、突然現れる。
今の科学力を持ってしても、それがどんな法則で、
どんな遺伝子の奇跡で起されるのかは判明していない。

ただ、起源に関しての言い伝えは、
末裔は、もともと建国に導いた時の神官や巫女の末裔だとか、
建国時の創世記では、人は皆、アルケミストとしての能力を示していたとか。
そんな言い伝えが飛び交う中、真実に迫る学説は未だにない。

が、ロイが知っている中でも
彼のような能力を示すものは皆無だった。
大抵は触媒になる練成陣を、多大な労力を持って作り上げ、
その後に練成を行うものが殆どで、
彼のように、全くの触媒を示さずに練成を行うものだと
見た事も、聞いた事もない。
伝承以外にだが。


問いたげなロイの視線にも、気にする風もなく
『また、今度な。』と話を打ち切った後は、
戸惑うロイをほって、すやすやと気持ち良さそうに眠ってしまった。
その余りのふてぶてしさに、思わず虚を突かれて
言葉を続ける事さえ忘れて、安眠を続けるエドワードを
茫然と眺めているしか出来なかった。



その内に、列車が緩やかに減速をしていくのが
感じられた。
そろそろ、イーストシティに着くことを感じたロイが
あれから、目を覚ますことのなかったエドワードを
起さなければと考え始めると、
相手は、あっさりと瞼を上げて
瞬時に起き上がる。

まるで、今まで寝ていた事さえ感じさせないエドワードの動きに
思わず狸寝入りだったのかと疑った程だ。

「あ~あ~っと、よく寝た~!」

ふぁーと大きなあくびをして、目に浮かんだ涙を拭う様は
確かに今まで、熟睡をしていた事が伺える。

「そろそろ、駅につくんじゃないの?」

呆気にとられたように自分を見ている相手に、
エドワードの方が、不審そうに尋ねてくる。

「あ、ああ、そうだが、良くわかったな。」

声をかけられたわけでも、車内の放送が届いたわけでもない。

「うん?ああ。 
 減速始めたろ?

 だから、そろそろかと思って。」

その答えに、ロイは舌を巻く気分を味わう。
確かに減速が始まったが、それは本当に緩やかなもので
まだまだ、駅までは距離がある。
この僅かな違いに気づいて目覚めたとしたら、
野生動物並みの知覚が備わっているとしかいいようがない。

全く、とんでもない生き物を預かったようだ。

さっさと、降り支度を始めるエドワードを横目で見ながら、
ロイは、今日何度目になるかわからない苦笑を洩らす。

駅を抜けると、ハイヤーを掴まえてエドワードに
先に家に行って、好きなようにしているように伝えるロイに
エドワードが呆れたような表情を浮かべる。

ロイとて、自分が言った言葉が不親切極まりない事を
言っている事はわかっている・・・、
わかってはいるが、本当に時間がないのだ。
これ以上遅れると、先ほど連絡をした時に
すでに、不機嫌のピークに差し掛かってるだろう事が予想される
自分のサブ・マネージャーが、絶対に許してくれそうもない。

「いや、俺は別に構わないんだけど
 あんた、嫌じゃないのか?

 赤の他人に勝手に家に入られるんだぜ?」

エドワードの言葉に、どうやら呆れた方向が違っていたようだ。

「構わないさ。
 それが嫌なら、最初から家になど呼ばずに
 適当な部屋を借りて過ごさせているさ。」

そう言いながら、忙しなく視線を動かすと
ちょうど1台やってきていたハイヤーに
乗車の意思を示す。

そして、エドワードに料金以上の紙幣と
運転手には住所を教える。
無造作にポケットに突っ込んで取り出した手から
鈍色の鍵を渡すと、用は済んだとばかりに
自分用のハイヤーに乗り込んで去っていく。

慌しい男の様子に、エドワードも
エドワードの乗った車の運転手も、苦笑で見合った。


ロイは、ハイヤーの中で
会社に付いてからの段取りを急ぎ、頭の中で組み立てて行く。
これ以上、仕事が滞ると
今日は、絶対に帰らせてはもらえないだろう。
それでは、初日から、知らぬ家でエドワードが一人過ごす事になり
余りにも可哀相だろう。

そこまで考えて、ハタっと思いつき
思いっきり顔を歪めて、呟く。

「しまった・・・。
 本当に部屋を借りるか、ホテルに滞在するかしてもらえば良かった。」

苦々しく思ったところで、今更 後の祭りだ。
彼と連絡が取れるようになるという事は
家に入ってからの事なのだから。

沈鬱な深いため息の理由など、
家についたエドワード以外には、想像もつかない事だろう。







「なんじゃ、こりゃ・・・。」

開けた扉の先の空間を見やって、
エドワードは、何とも言えない気持ちで
感想を呟く。

扉を開けた先は、異次元でした・・・の
ファタジーの方が、夢があって良かったのではないだろうか?
現実主義なアルケミストの末裔にあるまじき考えを浮かべる。

が、扉を開いたそこは、
廃棄物収用所だったと言うよりは、現実、気持ち的にも
慰められると言うものだ。

扉の中に一歩も入らない内から、
エドワードの身体が、無意識のうちに入る事を拒否している。

茫然と、目の前の惨状を眺めていると
入る事を躊躇っているエドワードを急かす様に
部屋の中で電話が鳴り出す。

素知らぬ顔をして、扉を閉めて立ち去りたいと言う誘惑が起きるが、
多分、この呼び出し音は、この家の主から エドワードに向けてだと言う
確信にも近い予感がする。

不承不承、足を運び込むと
煩く自分の存在を示す奴を探り当てる。
玄関から、キッチンへと進むに連れて
乱雑度合いの層が様を変えていってることに気づき
さらに、顔を気難しげに寄せる。

「はい。」
ぶっきらぼうに電話に出ると、向こうからは沈黙で返される。

しばらくの沈黙の間の後に、ポツリと言葉が呟かれ
届いてくる。

『見たんだな。』

その声は、エドワードの予想どうりの人物だった。

「ああ、現在 第2層まで来た気分だぜ。」

『そうか・・・。』
短い返答の後に、深く、深くつかれるため息が響いてくる。

『まぁ、入ったなら話は早い。

 当面は、近隣のホテルに滞在してもらうように手配するから
 そちらの方に移ってもらおうか。』

開き直って、対応の代案を伝えるロイに
エドワードは、疲れたような声で聞き返す。

「って、それいつまで位?

 俺の思うところだと、当面が永久にになりそうだと思うけど。」

痛切なエドワードの嫌味に、
瞬間、押し黙ったロイだが、
すでに見られるところまで見られ、
知られたくない惨状も知られてしまったのだ。
変に、かっこをつけるより正直に居直ったほうが得策だ。

『まぁ、そうなる可能性も否定はできないな。

 そうなったらなったで、部屋を借りる算段をする事にしよう。
 まぁ、君が気にする事はないさ。』

そう、やけくそのように朗らかに話すロイの様子に
全く、駄目な大人って奴はと内心で吐き出しながら、
相手にも伝わるように、大き目のため息を吐き出す。

『な、なんだね。
 何か不満でもあると言うのかね。』

エドワードの態度に、不満を訴えてくる相手に
エドワードは、物分り良く いいやと返事を返してやる。

「もういいよ。
 別に死ぬわけでもないし、
 忙しいあんたに、そんな能力を発揮できていたはずがないしな。

 まぁ、ボチボチと俺が片して行けば済むことだから。」

諦めと共に呟かれた言葉に、ロイも押し黙る事しか出来ず
最後に、『済まない』と小さく呟かれて電話が切れた。

エドワードは切れた通話の後に、受話器を元に戻そうとして
斜めになっている電話の、本来のあった場所は
どこなのだろうかと思案する。
が、周辺には、散乱・錯乱された物とゴミの山で
それらしき場所は発見できなかった。

再度、大きなため息を吐き出そうとして
息を吸い込もうとした鼻を覆う。

「危ねえ、危ねえ。

 こんな場所で深呼吸した日には
 どんだけ埃を吸い込むか、わかったもんじゃない。」

そう呟きながら、取りあえず 自分の今日の寝床を清めるために
混沌が支配する家を探索に出かける。

薄暗い廊下に1歩足を踏み出すと、
思わず背筋が寒くなる。
まるで、人類未踏の世界に足を踏み込んだ冒険者の気分だ。

ゆっくりと、慎重に歩を進めながら
目の前に繰り広げられる怪層の様を
呆れるやら、感心するやらの思いで検分して行く。



結局、ロイが仕事から解放されたのは
深夜を軽く回った時間だった。
明日の出勤を考えると、あのまま支社にある
ロイの仮眠室で過ごした方が、少しでも多く休めただろうが、
さすがに、あの電話の後だけあって
あの家で、エドワード一人で過ごさせるのは忍びない・・・ではなく
申し訳なかった。

何とか、眠れる場所を確保して休んでくれている事を願いながら
家の前まで車で寄せると、驚いたことに
まだ、煌々と灯りがついている。

明かりがついている自分の家など
ここ何年・・・正確に言うと、ここに越してきてからの4年間
1度も見たことがなかった。

驚きと、感慨との妙な気持ちを持ちながら、
鍵を回して、扉を開く。

と・・・、いつものとうり散乱と氾濫をしている家の様子には変わりがないが
朝とは違って、山のように積まれている物たちも
何やら、秩序を持って並んでいるように思えて、
周囲を見回す。

「片付けられている・・・?」

どうやら、秩序を守って並んでいると思ったのは
あながち思い違いでもなかったようだ。
場所によって、ゴミと物の区別をつけておかれている。
片づけがしやすいものは、仕舞われ、並べられているし、
判別がつかなかったのだろう物は、一塊に集められている。

そして、リビングに入ると、ロイは真ん丸に目を見開いて
驚く事になる。

朝出かけた時には、いつものごとく
壮絶な有様だった部屋は、やや物は多くごちゃごちゃしてはいるが、
それでも、まごうことなき人の生活空間らしきものを作り出している。

ガチャガチャと響く音が、エドワードの所在を知らせている。
その音は、キッチンから聞こえてきて
また、厄介な場所に踏み込んでいることだと
ロイは、諦めと共に、そちらへと歩いて行く。

そして・・・、熱心に食器を磨いているエドワードと
思わず、一体 どこのお宅にやってきたのだろうかと
思わせる、綺麗な清潔さを前面に押し出したキッチンを見渡す。

ロイの気配に気づいたエドワードが、
何事もないように、戻ったロイに労いの言葉をかける。

「おう、お帰り。
 遅くまでご苦労だったな。

 メシは食ってきたか?」

エドワードの問いに、拍子抜けしたような様子で
返答を告げる。

「そっか。
 んじゃ、すぐ温めるから、一緒に喰おうぜ、。」

そう言って、洗剤で汚れた手を洗い流すと
準備が整っていたのだろう。
冷蔵庫の中から、下拵えの終わった食材が取り出され。
手際よく調理されて行く。

それを、ぼんやりと眺めていると
エドワードが、不思議そうな表情で問いかけてくる。

「すぐに出来るけど、その間に風呂にでも
 入ってきたら?

 あんたも、疲れてるだろ?」

そう声をかけられて、はっとなったロイが
取り繕うように笑みを浮かべて、そそくさと
浴室のほうに向かう。

そして、またここでも綺麗に磨き上げられた浴室に
ロイは、呆気にとられながら、
それでも、余りエドワードを待たせることのない様にと
入浴を済ませていく。

「ここのタイルは、白かったんだな・・・」

遠い記憶を探っても、思い出せなかったが
どうやらこれが、本来の色だったようだ。

熱いシャワーの下で、込み上げてくる笑いが止められない。

戻ったら、散々 文句や罵倒飛んで来る事だろうと構えていた。
引き取ると啖呵を切った割には、
とても、人様が呼べるような環境でないロイの家になど
連れてこられた方が、いい迷惑だっただろうから。
まぁ、連れてくるまで失念していたのはロイの落ち度だ。
寝に戻るだけの家の惨状に慣れすぎていて、
感覚が麻痺していた事は否めない。

だから、叱責は甘んじて受けようと思って戻ってきた。
職場では、やはり切れかかったサブ・マネージャーの
ホークアイにも、散々とせっつかされて泣きそうな目に
あいながら耐え忍んできたのだ。
酷い目にあったエドワードの事を考えれば、
この後に、少しばかり我慢をする事を強いられても
仕方がないと思いながら戻ってきたと言うのに・・・。

悔しいが、ブラッドレイの言葉に頷くしかないようだ。

『君は、きっと感謝する事になると思うよ。』

この先はどうかはわからないが、
今は、忌々しいが 確かにそう思っている自分が居る。

ここに来てくれたのが、エドワードで良かったと。






数時間の仮眠の後、朝はエドワードに起されて
ここ数年来なかった、自宅で朝食を取っての出勤をする。


「朝食は、食べない習慣だから・・・、
 もう、少し寝かせてくれ・・・。」

シーツの中で、もごもごと答えるロイに、
エドワードは、ベットを返すという大技を使って
ロイを、文字どうり叩き起こす。

「なっ、なっ、なっ・・・!」

驚くロイを余所に、エドワードはテキパキと
シーツを剥がす。

「あのなぁー、あんたもわかってるとは思うけど、
 朝食抜きは、1日の生活サイクルでは効率悪くするんだよ。

 だ・か・ら! とっとと起きる!」

それだけ言うと、サッサと部屋を出て行き
床に茫然と座り込んでいるロイのこと等
歯牙にもかけてもらえなかった。

不満たらたらでキッチンに行くと、
完璧に用意された朝食を見て、
悪かった機嫌も、すっかりと良くなる。

昨日の夕食を食べても思ったが、
エドワードは料理が上手い。
料理だけではなく、どうやら家事全般に長けているようだ。

この年齢で、ここまで完璧に主夫がこなせている
彼の経歴は一体どんななのだろう・・・。

そんな事を考えていると、出勤時間が近づき
エドワードにせっつかれる。


「なぁ、あんた今日は、何時ごろに戻る?」

玄関までのお見送りをしながら、聞いてくる彼に
仕事の進み具合と今日のスケジュールを振り返る。

「まぁ、あんまり早くは・・・ないかな?
 昨日ほどにはならないが、
 近くはなると思うが。」

そう答えると、エドワードが 暫し考える素振りをして、
わかったと返事を返してくる。

「何か?」

「う~ん、まぁ話もあるんだけど、
 出来たら、出るゴミを燃やしてもらいたいと思ってさ。」

「ゴ・・・ミを燃やす・・・。」

思わぬ言葉に、ロイが唖然と呟く。

「そう。
 かなりの量になりそうだからさ、
 ちまちま運ぶよりも、あんたに燃やしてもらった方が
 早いだろ?

 まぁ、んじゃ それは今度の休みの時にでもでいいか。」

そう言いながら、計画の変更でもしているのか
しきりと呟きながら、頷いている。

そんなエドワードを置いて、出勤の車の中
ロイは、言われた言葉に、まだ 茫然としている。

『ゴミ・・・を燃やす。』

NRIのマネージャーのロイを捉まえて、焼却炉代わりにするとは・・・、
過去なかった経験だ。

『これでは、出勤前のゴミ捨てを頼まれる旦那のようではないか。』

釈然としない気持ちのまま、近づく支部を前に
今日の日程を組み立てて行く。

なんだかんだと思いながらも、早く帰れる算段を
立てている自分に、ロイは気づいていなかった。




「マネージャー~、隠し子を引き取ったって
 本当っすかー?」

支部のオフィスに入るといきなり、そんな声をかけられる。

「・・・何を言ってるんだ、ハボック。

 そんな馬鹿話を噂してる暇があるなら、
 先日頼んだ調査の報告書は出来てるんだろうな。」

不機嫌そうに言い返されて、ハボックは薮蛇とばかりに
首を竦めて、まだ未完成の報告書に取り掛かる。

マネージャー室の扉を閉めると、机の上に積まれている書類を確認する。

『少なくはないが、多すぎる程でもないな。』

新たに詰まれた書類を確認しながら、
予定どうり進めれそうな事に安堵する。

その前に、いらぬ噂を広げない為にも
話を通しておかないといけない人物を思いつき
内線で呼び出す事にする。

瞬時の時間で、扉が叩かれ、ロイは入室の許可をする。

「及びでしょうか。」

「ああ、君には話しておかないといけない事があってね。」

「昨日のガバナーからの依頼に関してですか?」

「そうだ。」

頭の回転の速い補佐は、ロイの話したい内容も
大よその予想がついているようだ。

ロイは、昨日の事の顛末を話し
現在に至る状況までを説明する。

「では、今も 彼は、マネージャーの家におられるわけですね。」

同情を浮かべた表情は、ロイにではなく、エドワードにだろう。
彼女の反応に、やや罰が悪い気分になるが
家の惨状を知られている彼女に、見栄をはっても仕方が無い。

「まぁ、そうだな。
 が、なかなか優秀な子でね。

 家に戻ると、あらかた綺麗に片付いていて
 驚かされたよ。」

「綺麗・・・にですか?」

疑わしそうに聞き返えしたのは、
彼女も、あの屋敷が、とても半日やそこらでは
収集がつかないことを、よくわかっているからだ。

「そうなんだ!
 信じられないが、本当だ。」

ロイの驚きぶりに、どうやら本当らしい事を察する。

「それは・・・良い子を引き取られましたね。」

「ああ・・・まぁ、確かに、昨日は少し・・いや、
 かなり、感謝した・・かも知れない。」

「いえ、凄く感謝してください。」

にべもなく返された言葉にも、
ロイは素直に頷いた。

「まぁそれはおいといて、
 ガバナーの意向は、どの辺にあると思うかな?」

ロイの問いに、しばし考えてみ
小さく頭を振る。

「いえ、私ごときには図れませんが
 考えられるとしたら
 1つには、その子が本当に優秀で、将来の後継者と考えての事か、
 2つには、その子自身に、何か譲れない理由があるかだと思われますが。」

彼女の返答が、大体はロイの考察どうりだったのか
ロイも頷く。

「ああ、私もそう思う。
 エドワード自身、思わせぶりな事を言っていたから
 彼自身の思惑は、自身の理由だろう。

 だが、ガバナーの方も同様とは限らないな。
 彼に対する対応が、厚遇すぎるのも気になる。」

ブラッドレイは、ロイが彼を引き取る交換に
支部の予算の上乗せと、特別経費枠を提示し、
あまつさえ、ロイに扶養手当までつけると言ってきたのだ。
予算上乗せの金額でさえ、途方も無い金額なのに
その上の扶養手当とは、一体 どれ位付くのだろう?
別に、金には困っていないが気にはなる。

「ガバナーからは、その後の連絡は入ってないか?」

あの男の事だ、用意周到に準備されているはずなのだが。

「はい、入っております。
 デスクの1番上の封筒が、今朝1番に届いておりました。」

ロイは、軽い驚きで、積まれている書類の上に乗る封筒に手を伸ばす。

電話でも、電文でもなく、封書とは。
一体、いつ投函されたのやら。
どちらにしても、ロイが断らない・断れないのを考えての
行動だろう。

封書の中には、エドワードの経歴を調べた物と
ロイが話した予算の金額が明記されていた。

エドワードの経歴は、思ったより短い。
幼少の頃に両親ともを無くし、
親戚筋に引き取られて今に至る内容が
簡潔に書かれている。
家族の欄には、弟が一人いるとなっている。
病弱なのだろうか、弟、アルフォンスと書かれている彼は
つい最近、セントラルの国立病院から
イーストシティーの病院に転移しているようだ。

それらに、ざっと目を通し
提示されている金額を見ると、ロイの眉が自然と寄せられる。

予算金額は大体の目安が付いていたが
扶養手当が、給与同額に付いているのには憮然とする。
要するに、給与が倍額になっているのだが、
それは喜ぶより、まるで自分の価値が
エドワード一人にも値しないと言われているようで
余り面白いものではない。

「何か?」

書面を見たまま、黙り込んでいる上司に
心配気に伺ってくる。

「いや・・・、どうやら、エドワードの価値は
 私以上に匹敵するらしいなと思ってね。」

まさかと驚く表情をする補佐に苦笑をしながら、
とにかく、頭を切り替えて、本日のスケジュールの
確認を始める。

仕事モードに切り替えて話している中で
そう言えば、自分がエドワードに生活費を、
渡し忘れている事に気づいた。

『まぁ、多少は持っているのだろう。』
そう考えながら、帰ったら返してやるようにしようと
結論をつけると、その事はロイの頭の中からは消えうせた。




「よっしゃー! 完璧。」

満足げに部屋を見渡して、エドワードは額に浮かぶ汗を拭う。

ところどころは、錬金術に頼りながら
取りあえず、ゴミとそれ以外に分別をした。
ゴミを外に出すのは、どうも景観上も外聞も悪そうなので
一部屋をゴミ収容所にしておく。

そうして、磨き上げ、生理整頓された家は
もとの、あるべき姿を取り戻し
美しい、高級な家である事を疑わせない様相を見せている。

「全く、いい家に住んでんだから
 手入れもすればいいのにさー。」

エドワードにしてみれば、宝の持ち腐れもいいとこだと思う。
ロイの役職上仕方ないとは思うが、
逆に金があるんだから、通いでも住み込みでも
何人でも人を雇えばよいのにとも思う。
NRIのマネージャーが、法外な給与をもらってる事は聞き及んでいる。
しかも、独り者で激務となれば、使う暇もなく
溜まる一方だろうに。

荷物を片付けてわかったが、ロイにはあまり高級志向でも
無駄遣いの性癖の持ち主でもないようだ。
質素と言った方がよい位、仕事関係以外の物は
ごく、ありふれた品ばかりだった。

さすがに、NRIのマネージャーを務めてるだけあって、
背広や靴等は、オーダーメイドらしい品が
ずらりと並んでいるが、日常の服などは
そこら辺の商店で買えるものばかりだ。

家財道具が立派なのは、多分、最初からの添えつけではないかと踏んでいる。
余りにも使われた形跡がないからだ。

殆ど物は、ダンボールから出し入れしていたようだし、
大半の荷物は、書籍だった。

エドワードは、本を開きたい願望を抑えて
書籍は取りあえず書庫らしき場所に集めている。
これらの整理は、さすがに時間がかかりそうなので
明日以降に時間を取る事に決めた。

ふと時間を見ると、そろそろ深夜に近い時間になっている。
エドワードは、おお慌てで 埃のついた身体を
シャワーで洗い落として、晩御飯の準備にかかる。

食事の準備をしながら、今後の事を考えてみる。
NRIマネージャーが激務なのは知っているが
毎回、こんなに遅くなるとは、少々誤算だ。
これでは、エドワードの知りたいことを教えてもらう時間が作れない。
しばらく、時間の捻出を模索していると
ロイの帰宅が告げられる。

鍵が1本しかないので、ロイは今のところ
鍵を持ってない。
それも、作らなくちゃなーと考えながら
玄関の扉を開けに行く。

「お帰りー。」

そう言って扉を開けてやると、
ロイは、神妙な顔で周辺を見回している。

「どうしたんだ?」

エドワードが、怪訝そうに聞いてくるのに
ロイは、苦笑いを浮かべて返事を返す。

「いや・・・、まるで人様の家のようだと思って。」

そのロイの答えに、エドワードは呆れたように返す。

「なに言ってんだよ。
 正真正銘、あんたの家だぜ。

 この家も、土台は良いんだから
 ちっとは、手をかけてやれよな。」

そう返すと、ロイに食事か風呂かを聞いてくる。

お約束のような言葉に、何だか くすぐったい気持ちになりながらも
先ほどから、空腹を刺激する匂いに「食事」と答えると
エドワードが頷いて、キッチンに入って行く。

これだけ、家の掃除をしていて
どこに、食事を作る時間があったのかと
首を傾げながら、並べられた食卓の料理を眺める。

どうやら、エドワードは完璧主義らしく
昨日より、更に綺麗に磨き上げられた家は
もともと、良い家と家財道具だった事もあり
誰をよんでも、恥ずかしくない状態だ。
風呂から出た後に、何の気なしに使ってない部屋も覗いてみたが
いつでも、人が泊めれそうなほど綺麗になっていたのには
本当に驚かされた。
この分だと、2階の、全く使っていない部屋も同様なのだろう。

備え付けの家具しかないせいか、
かなり殺風景ではあるが、
居心地は悪くない。

食事をしながら、エドワードの方を見て
ふと気になった事を聞いてみる。

「そう言えば、君の部屋は どこにしたのかね?」

「ああ、1回の左端んとこ。」

エドワードの答えに、ロイはしばらく考える。

玄関に近い部屋と言えば、
確か、部屋と言うよりは、雇い人の控え室のような部屋だ。

「何故!?
 もっと、広い部屋も沢山あるだろう?」

驚いたように聞き返すロイに
エドワードは、平然と必要ないからと答える。

「どうせ、寝るだけだぜ?
 広くなくてもいいんだよ。

 それに何かあっても、玄関に近いほうが
 すぐに動けるしな。」

そう、にべもなく言われた言葉に
ロイの方が、唖然とする。

「いや、それでは、落ち着かないだろう?」

「んにゃ、集中したいときには
 何があってもしてるから、
 別に困ることないしさ。」

そう言われて、エドワードとの初対面のシーンを思い出す。
彼は、何度も呼びかけるロイの声にも反応を返さなかった。
驚くべき集中力と言えるだろうが、
少々、危ないことでもある。

「が、何もあんな部屋にしなくても
 もっと、いい部屋もあるのに・・・。」

納得できないように言われた言葉にも
エドワードは頓着をしない。

「いいよ、荷物もあるわけでもないしさ。」

その言葉に、ロイは そう言えばと思う。
エドワードが来るときに持っていたのは
小さなトランク1つだった。
まさか、あれだけという事はないだろう、
後から送られてくるのだとばかり思っていたが・・・。

食事が終わると、エドワードが片づけをしている間に
ロイは、悪いとは思いながらも
エドワードが選んだ部屋を覗きにいく。

そこには・・・、小さなベットと、
その横にポツンと置かれたトランクが1つ置かれていた。

思わず中に足を運んで、見回すが
確認するまでもなく、扉から覗けば全貌が見える程の
小さな部屋だ。
申し訳程度に置かれている小さな机とランプ。
それ以外、本当に何も無い部屋・・・。

ロイは、なんとも言えない気持ちを抱えて部屋を出る。
そして、次の休みには、何が何でも
エドワードの部屋を作ってやろうと考える。

『彼は、あんな寂しい部屋で
 何を思って過ごしていたんだろう・・・。』

元気一杯、傲岸不遜な態度ばかり目立つが
その反面、彼が酷く寂しい人間なのだと気づかされた気になる。

何もない・・・という事は、
彼が何も望みも、欲してもいないと言う事だ。
それは、人として、生に執着が薄いと言う事を
示唆しているのではないだろうか・・・。

ロイは、確かに ゴミ屋敷で過ごしていた。
だから、自分の境遇がエドワードとさして変わりないと
言われれば、反論できないのだが、
今のエドワードとは、決定的に違うとも思う。
自分は、生きる為に、生きているからこそ
あの惨状を招いたのだが、
エドワードは、全く逆な気がして仕方ない。
全てを捨て去った彼だから、
潔いまでに、完璧に綺麗に整えられているような気がして仕方が無い。
自分の痕跡さえ残さないほどの・・・。

『一体、彼の経歴には どんな秘密があるんだろう。』

報告された書類以外の事は、
エドワードが語るまで明らかにはされない。
エドワードは、聞かなくて済むなら、その方が良いと言ったが
ロイは無性に気になって仕方が無い。
彼が、エドワードが、どういった人間なのか。

そんな事を考えながら風呂に入ってたせいか
思ったより時間が経ってしまった。
上がって、リビングに足を運ぶと
待ちかねたようにエドワードが、話しかけてくる。

「あんた、意外に長風呂なんだなぁ~。」

「いや・・・、いつもは、もっと早いんだが
 ちょっと、考えごとをしてたんでね。」

君の事を考えてたとは言いにくくて、
適当な返事を返す。

「ふ~ん、やっぱ 仕事の事が頭から離れないんだ。」

感心したように言われると、どうにも面映い。

「いや・・・、そうでもないが。」

間を稼ぐように、エドワードが用意してくれた飲み物に手を出す。
寝るときには、お茶やコーヒーより
アルコールと昨日言っていた為か
ブランデーの水割りセットが置かれていた。
ブランデーを水で割るなど、愛飲家にしてもれば
とんでもない事なのだろうが、ロイはナイトキャップには
ブランデーの水割りを好んで飲む。
良いブランデーを水割りで飲むと、
他のウィスキーの水割りなど、飲めなくなる。

喉越しを楽しんでいると、ふと昼に浮かんだ事を思い出す。

「そう言えば、食費とかは立て替えてくれていたのかな?

 バタバタしてて、気づかなくて申し訳なかったね。」

そう言いながら、財布を取りに行こうと腰を浮かすと
エドワードが、必要ないと返してくる。

「必要ないって・・・、しかし、そう言うわけには
 行かないだろう?
 今後の生活費も必要だし。」

そう話してくるロイに、エドワードは腰にてをやって
ポケットに隠れていた物を取り出す。

「それは・・・!」

ロイが、驚いたのも仕方ない。
エドワードが見せた銀時計は、NRIのマネージャー以上にしか持てない
証明書だ。

NRIの紋章が刻まれた銀時計は、
どの金融機関にでも、当然、金融機関以外にも有効だ。

制限枠内なら無限の引き出しや、特権が使える。
莫大な権限が発生するその証明書は、
権限の絶大さの為、使いこなすに値する人物しか持てない。
要するに、アメトリスでは ロイを含むマネージャーと
当然、その上のガバナーの5人だ・・・、だった。

「ああ、おっさんが俺にもくれて、自由に使えって
 言ってくれてたんで、あんたに迷惑かけないで済む。」

エドワードには、全く悪気のない言葉だったのだろうが、
ロイには、エドワードのその態度がカチンときた。

「そう言う問題ではないだろう!

 君を引き取ると決めたのは私だ。
 その私が、君を養うのは当然だろう。

 子供が、そんな物を使うべきではないし
 そんな事を気にするもんじゃない!。」

ロイの語気強い反応に、エドワードが驚いたように見返してくる。

「エドワード、それは そんな風に使われる為にあるんじゃない。
 君の生活費を含む金銭も、ちゃんと支給されている。
 少なくとも、ここに居る間は
 君が、そんな心配や気を使う必要は無い。
 子供は子供らしく、大人に養われなさい。」

そうロイが言い切ると、エドワードは、ポカンと口を開けて
ロイを見つめていたが、小さく震えだしたかと思うと
堪えきれないように、爆笑をし始める。

「っ・・・くくく。
 あんたって・・・、ハハハッ!

 おかしい奴だな~。

 あんだけの惨状の家にしといて、
 大人に養われなさいって言われてもな~。」

ヒィーヒィーと、お腹を抱えて笑うエドワードの言葉に
ロイも、説得力ない事を痛感はする。
彼が、ここに来てから、何から何まで世話になっているのは
子供だと言ったエドワードではなく
曲りなりにも、大人であるロイなのは確かだ。
が、ここは折れられない点だ。

笑われながらも、渋面を作りながら
一応、毅然と告げる。

「まぁ、確かに 君に、そう言われると面目ないが
 だが、この点は引けないな。

 君は、素直に私に養われていなさい。」

そう言い切るロイを、笑いすぎて浮かんだ涙を拭きながら
エドワードが、了解の返事を返してくるのにホッとする。

漸く、笑いの発作が落ち着いたのか
少し上がっている息のまま、エドワードがポツリと呟く。

「いや~、あんた、変わってるよな。

 俺の知ってる大人たちとは、ちょっと違うよな。」

言葉とは違って、エドワードがロイに向けてくる感情は
好意の色が大きい。
一体、どんな大人達と比べられているのかと気になった。
そして、どんな扱いを受けてきたのかと・・・。


そして、翌朝
ロイは、前夜の自分の発言は、
『もしかして、間違ってたのでは?』と悩む事になるのだった。

















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